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花 雲 かうん の こ と

▼由来▼

何かの必要に迫られて、辞典で『花』を調べた時のこと。例文に、こうありました。

「−の雲(=桜花が遠くに連なり咲いたさまのたとえ)鐘は上野か浅草か」(芭蕉)。

実は私は芭蕉の事は殆ど知りません。この時私の目を捉えたのは

桜花が遠くに連なり咲いたさまのたとえ』という言葉でした。

それを、『花の雲』。なんと美しい。

私は丁度、今後の音楽活動のための名前を考えている処でしたので、

平仮名を取って『花雲』としました。
 

▼花雲の目指すもの▼

音楽がなくても、生きていく事はできます。

でも、あった方が人生楽しいに決まってる。

私はそう思います。

なくても構わないけれど、あれば人生の折々にささやかな花を添える事ができる、

花雲はそんな音楽を目指します。

 

花 筐 はながたみ の こ と

花などを摘んで入れるカゴの事だそうです。

辞典を眺めている時に見つけた言葉です。

活動名が『花雲』で、その音を収めておく場所だから

丁度いいだろうと思い、サイト名に使いました。

 

花 雲 の 使 う も の

▼2005年春から▼

iMac G5 with Digital Performer 4.52

Roland JX-1 / EDIROL SD-80 / YAMAHA MONITOR SPEAKER MS101

Fostex DIGITAL MULTITRACKER VF80 / SHURE MICROPHONE SM57-LC

▼2004年まで▼

Power Macintosh with Performer 5.5J

Roland JX-1 / YAMAHA MU80 / YAMAHA MONITOR SPEAKER MS101

Fostex DIGITAL MULTITRACKER VF80 / SHURE MICROPHONE SM57-LC

(SONY DIGITAL AUDIO TAPE DECK DTC-A7)

(Pioneer COMPACT DISC RECORDER PDR-N901)

MU80のこと

MU80は95年から2004年まで(『騒音に沈む針』を作り終えるまで)使いました。こだわりなんかぜーんぜんないんですが、新しいものを買おうにも、それを売ってくれる楽器屋さんがなかったのです。そんな処に住んでます(笑)。

DATのこと

DATはおそらく九年くらい使ったと思います。『風の中で空を見上げて』は全てDATで録音しました。大変でした。2003年、とうとうMTR(VF80)を購入。それ以降はこれで録音しています。

作曲・録音の流れ(2002年まで)

シンセサイザー(JX-1)の音色は使いません(というよりも、どうやったらPerformerで鳴らせるのか知らないので)。シンセを音源(MU80)に繋ぎ、音源をMacとDATに繋ぎ、Macの中のPerformerで編集した音をDATに録音している…という事になっているはずですが、この説明で合っているのかどうか。

こうしてできた曲に、音源に繋がったマイクから歌を入れ、一旦DATに録音。DATからCD-Rに録音してCDが完成します。

作曲・録音の流れ(2004年まで)

シンセを音源に繋ぎ、音源をMacとVF80に繋ぎ、Performerで作った曲をMU80で鳴らしてVF80に録音しています。マイクはVF80に繋ぐようになり、ようやく歌の編集ができるようになりました。

VF80はCD-Rレコーダー内蔵なので、そのまま焼いてCDが完成します。

作曲・録音の流れ(2005年から)

基本的にはほぼ上記と同じです。音源がSD-80、ソフトがDigital Performerに変わりました。

 

花 雲 音 楽 の 歴 史

子供の頃、ピアノを習う。ピアノをやめた後、エレクトーンを始める。エレクトーンをやめ、吹奏楽部に身を置く。
今一番役に立っているのは、エレクトーンを習っていた頃の知識。一番充実していたのは部活。

吹奏楽部ではフルート希望だったのに、先生の一存でクラリネットを吹く事に。音楽する事の楽しさを教えてくれたのは、この先生だった。
だけどフルートは今でもやりたい。


どちらかというと歌は嫌いだった。苦手だったし、自分の歌をうまいと思った事もなかった。


中学の終わり頃、電気GROOVEをきっかけとしてテクノと出会う。衝撃。
一人でも音楽できる方法がある事を知る。


高校二年、平沢進師匠を知る。世界が変わってしまった。

パソコンを買ってもらい、DTMを始める。
平沢さんに会いたかったから(笑)。本当の意味で、平沢さんを『師匠』と呼びたかったから。


現在に至るまで最も長く、大事に聴いているのは平沢進、P-MODEL、ムーンライダーズ。電気GROOVEに出会うまでは、さだまさしとかぐや姫とを熱心に聴き、それからUNICORNやTHE BOOMを知り、フリッパーズ・ギターにも興味を持ち、普通に生楽器で演奏されたものだけを好んでいた。

師匠に出会ってからは戸川純さん、YAPOOSを始めとするゆかりのあるアーティストを聴けるだけ聴き、一番最後にムーンライダーズに出会った。それ以降、未知の音楽を発掘するという事は徐々に少なくなり、今は殆どCDを買わない生活。


現存する最も古い自作曲は94年始めのもの。DTMはその少し前からやっていたはず。DTM以前にも、アコギを買ったり、シンセを買ったり、自分の音楽がやりたいという気持ちはあったような。でもギターは全然弾けなかった。

Macの操作から曲作りの手法まで、ほぼ全て独学。誰かに教わろうにも、誰もいなかった。


これまでに三度、バンドらしきものをやる。ライブ経験も三回。バンドではずっと作詞・作曲・キーボードを担当。その間にDATデッキを買ったり、音源を買い換えたり、マイクを買ったりして、自宅録音ができる環境が整っていった。
買うものは全て楽器屋さんのおすすめ。何しろDTM用の機材が買えるお店は地元に一件しかなく、まだネットも開通していない時代、そこの店長さんの言う事はとにかく絶対だった。


三回目のバンドの頃、CD-Rレコーダーを購入。2000年、ネット通販限定でアルバム一枚を発売。

バンド解散後、ソロ活動を決意。ここで初めて、自分の歌を全て自分で歌う事になる。


2001年8月2日、『花筐−花雲 web site−』開設。


2002年4月2日、花雲最初のアルバム『風の中で空を見上げて』発売。


2ndアルバム制作途中の2003年2月、MTRを購入。嘘のようにレコーディングが楽になる。

5月20日、2ndアルバム『美しく過ぎる日々』発売。


2004年12月24日、3rdアルバム『騒音に沈む針』発売。


2005年春、パソコン、音源、ソフトを買い換え、創作環境を一新。この頃には地元の店でのDTM用機材取り扱いは終了しており、ネットで調べてネットで買うのが普通になる。

10月、左低音障害型急性感音難聴と診断され、その後メニエール病に以降。


2006年2月7日、『花雲*heat burst ice block』と名乗る事にする。当初は一定期間だけのつもりだったが、現在まで『花雲』と併用。殆ど気分で使い分けている。

5月1日、4thアルバム『静森微音』発売。

5月4日、『スタジオユー企画・フレッシュスプリングステージ』出演(札幌・大通西6丁目野外ステージにて開催)。花雲として初めて人前で歌う。


2008年5月10日、5thアルバム『晴れまち道ゆき』発売。

 

 

 

『ヒラサワスキーに50の質問』回答ページはこちら

 

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