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全曲解説 |
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2008.6.2. 1 >『遥霞』 実は今作はほぼ『作った順』に収録した。この『遥霞』は『静森微音』発売後、最初に完成した曲で2006年6月の作。始めの四行分の詞と歌メロが降ってきたのをきっかけとして進めた。『打ち込みでギターの音色を使うのは、自分でもちょっとどうかと思ってはいる』と当時の日記に書いている。今も思ってます。ドラムはAnalogを使おうとしていた処、設定を間違えてElectricになり、そのまま採用した。 詞は花雲の中でも相当分かりやすい部類に入ると思う。殆ど捻っていない。『静森微音』を作り終えて脱力状態の中、一人桜を見に行き、ふらふら目的もなく歩きながら音や言葉を探していたのに結局何も出てこなかった、或る春の一日の出来事が元になっている。『アルバム完成後の空洞感まで歌にする』と、当時の自分も呆れている。 タイトルは『春霞』と普通に書いてもいいものを、わざわざ漢字を変えている。こういう事は実に好きでよくやっている自覚がある。霞のようにぼんやりして、風が吹けば飛びそうな頼りない自分と、遥か遠くまで優しい色に連なる、花の雲のような光景。『春霞』では少し物足りない気がしたのだった。 |
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2008.6.9. 2 >『想念失路』 春夏秋冬それぞれの季節をイメージした曲がいつの間にか集まってできた今作の中で、この『想念失路』は夏の曲。詞としてはそんな感じが全くしないけれど、作ったのは夏の直中で、『暑くなるとやはりどたばたとうるさいものが作りたくなる』と当時の日記にも書いている(多分イントロの話)。Aメロの中にBメロを挟み込む、という構成になっているが、こういう事は余りやらない。『必要ないもの』からの四行はオケは同じだが歌メロが二行ずつ全然違う。こういう事は割合に好きだと思う。 この作品は曲先行で、詞は相当迷いながら作った記憶がある。『忘れられぬはずの思い』と『忘られぬはずの思い』、『頼りなく水の中に漂う』と『水の中 時を止めて漂う』などの一番と二番の微妙な重複は意図的に書いた。以前はこうした差異が許せない性格だったのだけれど、近頃は面白みを感じるようになってきている。 『低い処から始めて最後には前向きに終わる』内容のものを予定していたようだが、結局それをしないで書き終えた。こういう事も普段は余りやらないのだけど、2006年というのは私に取っては道を探し、道を見失う迷いの年だったので、直さずにそのまま収録した。これでよかったと思っている。
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2008.6.19. 3 >『迷世い道』 とにかく『バカっぽい和風』を心がけて作った。こういう雰囲気のものは滅多にできないし、作りかけても最後までテンションが続かない事が多い。『完成が危ぶまれる曲である』と当時の日記にも書いている。イントロからAメロまでの流れのまま行くのはやはり辛かったのか、『往にし方の』から始まるBメロで随分感じが変わっているが、これも『和風』の解釈の一つではある。 歌詞としては『どちら』と言うべき処を、『どっち』と書いてみたのは多分初めてだと思う。アルバムに入れるまでに嫌になるかも知れないと思っていたが、そのまま収録した。『往にし方』は一文字で『古』と書いてあると『いにしえ』とは読みにくいので、辞書から意味だけを取った。それから、『導べ(しるべ)』という言葉も、本当は『導』と一文字だけで送り仮名は不要なのだけれど、ぱっと見分からないのと、その前に出る『調べ』と揃えたかったので敢えて足した。 録音はかなり苦労した部類。途中細かく歌い方を変えているので、それがどうしてもブレるのだった。最終的には最もきわどいトラックの入れ換え方をした。完成版はどこで換わっているか分からないような出来にはなっている。 |
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2008.6.30. 4 >『散星雨』 この曲はまずタイトルが気に入っている。全くの造語よりも、既にある言葉の見た目を変える、という事が好きなのだけれど、これはかなりうまくいった部類だ。しかし、録音にはとにかく苦労した。苦労しない曲などないのだけれど、それにしても苦労した。完成版にたどり着くまでに何度も歌い方を変え、最終的にこの、余り口を開けずに声を出すようなやり方に落ち着いた。それ以降も、歌えば歌うだけ正解が見えなくなる時期などがあったものの、マスタリング時にはトラックの入れ換えは最小限で済んだ。今作は余りゆったり聴こえる曲が入っていないので、アルバムの中でアクセントをつける意味でも特に大事にしなければならなかったのだが、納得のいくものが残せたとは思っている。 当時の私はこの作品の元になった出来事にそれなりの衝撃を受けた。人が見れば何をそんなに、と感じる事だったかも知れない。しかし私はそれなりの衝撃を受け、そうしてしばらく経ったのちに、相当大袈裟なアレンジを施してこの歌を作り上げた。歌にした事で無事、感情が成仏した。『遥霞』のように殆ど事実しか書いていない詞もあれば、その対極の詞ももちろんある。どちらも矛盾なく花雲で、殆どの歌は感情の成仏か、記憶の保存のために生まれてくる。もっとずっと以前には全くの空想も形にできていたのだけれど、いつの頃からかそういう事がぱたりと止んだ。 |
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2008.7.12. 5 >『秋色吹雪』 今作の中で最も景色がはっきりしている曲。私の中では、どの曲にも必ず『光景』が付随している。それは実在のものであったり、空想の産物であったり、その二つが混在していたり、作品によって様々だけれどこの曲は特に鮮やかにそれが見えたので、詞を書くにもそれほど悩まなかったように思う。タイトルを始めは『紅葉吹雪』とつけようと思っていたのだが、既にある言葉を使う事に何となく抵抗を感じたためこうなった。唯一の三拍子でもあるけれど、自分ではなぜか今もってそう聴こえない。 できるだけ直接的な表現を使わないように気をつけていたのに、最後の最後で『血』という言葉が入ってしまった。この時点では既に止まったものとして扱っている処に、ささやかな抵抗の跡がある。実は、この曲の元になった出来事は『散星雨』と同一だ。同じように殆ど跡形もないほど脚色してはいるものの、後から作った『秋色吹雪』の方が強烈な色を出したのは、却って一度満足に作り終えた題材だからなのかも知れない。
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2008.7.27. 6 >『天涯の雲』 今作にはやたらと『迷い』がテーマになった作品が多いが、この曲がおそらく最たるものだと思う。最初から最後まで、その事しか歌っていない。歌から始まる曲にしようと思ったのはイントロを進めている最中で、レコーディングの時に苦労すると分かっているのにこういう事が時折やりたくなる。メロディの構成で言うと、サビで始まってBメロが続いてAメロが出遅れた、みたいな感じになっている。そして二番は初出のメロディなのだった。構成のパターン化を打破するのにも苦心していた。 迷っているといっても、それに対してどう動けばいいのか、既に答えの見えている自分もこの歌の中にはいる。我ながら耳の痛い曲とも言える。
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2008.8.10. 7 >『年暮れ方の物思い』 今作はほぼ作った順に収録した、と以前に書いたが、唯一入れ換えたのがこの曲と『いつかの道標』。この曲は2006年最後の作である。当時の日記を読み返してみると、正味四日間で作っている。構造がそれほど複雑でないせいかも知れない。いい感じに力の抜けている雰囲気にはなっていると思う。季節は冬。一年の終わりに、その年の出来事を思い返している歌にした。歌い方は変な癖がつかないように、できるだけあっさり聴こえるように気をつけた。無駄な力を入れようと思えばその選択肢もあったはずだけれど、今はこれで正解だったと考えている。ボーカルエフェクトも他の曲に比べて、かなり控えめにかけた。 それにしても、本当に不思議な曲になってしまった。次の年に起こる事を、全て知っていたかのような詞だ。2006年も確かに私は忙しい春を過ごし、夏の最中に呆然と立ち尽くす思いをし、秋には或る決意をして、冬には穏やかにそれらを思い返していた。それなのに2007年も全く同じ事を、全く違う意味で、繰り返していたのだ。こんな事があるだろうか。恐ろしいほど合致しているが、いまだに信じられない。自分自身の出来事だけに、単なる偶然と笑い飛ばす気にもならない。 しかし、去年の全てはまだ『胸の土に還』ったとは到底言えない。この曲を作った年の暮れと同じように、去年の事も穏やかに思い返せる日がいつ訪れるのか。今の時点で分かっているのは、予想より遥かに長い時間がかかりそうだという事だけ。 |
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2008.9.6. 8 >『いつかの道標』 作ろうとしていきなり一番の歌詞が溢れるように出てきたのを今でも覚えている。それからは、きっとしっかりした曲になる、と確信を持って作り終える事ができた。音で余計な事をせず、詞と歌が生きるものになるように気を使った。 『導べ(しるべ)』という言葉は、以前『迷世い道』の解説に書いた通り本当は『導』と一文字だけで済むものの、『迷世い道』でこう使ってしまっていたのでここでも揃えた。いつまでも悲観ばかりしていないで、笑ってみたらその分だけ、先が明るくなるのではないか、なったらいいなぁ、と、殆ど願望だけれどそんな想像をしてみたのだった。『世が開ける』は変換間違いではなくわざわざ打ち直した。単純に『夜が明ける』でもよかったのだけれど、もう少し大きい展開にしたかったため。 タイトルは随分迷って最後にできた。『いつかの』とは、過去、という意味ではなく、これから先のいつか、という意味で使った。『道標』という言葉はこの時ぱっと浮かんだものだったけれど、それにしても今作は『道』というキーワードが頻出している。どの道をどんな風に歩いていったらいいのか分からずにいる私が、そのまま投影されているようでもある。
アルバムタイトルについても書いておきたいと思う。発売前の日記にある、先に決まった言葉というのは『道ゆき』の方。それから散々悩んでやっと『晴れまち』が降りてきた。元来私は漢字で書けるものは漢字で書かないと気が済まない、というたちで、そこから行くと『晴れ待ち道行き』という表記になるはずだったが、近年少しずつ漢字の束縛が緩んできていた。『はれ』『まち』『みち』『ゆき』とするとそれぞれ色んな意味を持っているという事もあり、それを基準に漢字と平仮名とに分けた。これまでのアルバムの中では、今の処このタイトルが一番気に入っている。 さて、『晴れまち道ゆき』全曲解説もこれで最後となりました。いつもながら随分時間がかかってしまいましたが、これまでお付き合い下さいました皆様、ありがとうございました。 |
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