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騒音に沈む針
全曲解説

日記『音拾い』に書いていたのを、一つにまとめたものです。

2005.2.1. 1 >『天水』

これは詞の最初の行が一番初めにできたと記憶している。それを許に或る制約をつけて詞の形を決め、それに添うようにメロディを考えていったのだ。こういう曲の作り方をしたのは初めてだったので、割と面白がったと思う。しかし録音は大変だった。一番苦労した。ただ通して歌うだけでどっと疲れる曲なのだ。

『赤く大きな天体』というのは、当時地球に接近していて肉眼で見る事のできた火星のこと。庭から空を見上げるといつも同じ位置に赤い星がじっと留まっていた。果たしてあれが火星であったのかどうか確認はしていないが、そういうニュースがあったので勝手にそれがそうだと思う事にしていたのだ。『吉左右』(きっそう)というのは辞典を眺めていた時に見つけた言葉で、『善悪・成否どちらかの知らせ』または『よい便り』のこと。『雲』だから『黙々(もくもく)』とかバカバカしい遊びも入れている。

『おそらく高校時代に書いたと思われる断片から二行を取り出し』てBメロの作詞をした、と当時の日記に書いているが、今作では『過去の自分とのセッション』というのが一つのテーマになっていて、これもその一例。しかし全体的には『空に溶ける赤』と同じモチーフで作っている。それは私の身近で起きた事が動機なのだけど、完成したものを読み返してみると、まるで当時遠い国で起こっていた出来事について書いたかのようだった。あの国で起こっていたこと、それに関わった日本人のこと、毎日ニュースを見て感じた様々な思い、などはその後少しずつ言葉になってこのアルバムに収録される事となる。

歌から始まる曲に憧れていた。そして歌から始まるアルバムにも憧れていたのだった。

2005.2.10. 2 >『幻影京』

これは私の最速記録かも知れないが、およそ二日で作った曲。こういうスピードでできたのは、何かに怒っていたからだ。何に怒っていたのかはもうすっかり忘れてしまったから、きっと大した事ではなかったのだろう。ただ怒りがこの曲を作る原動力になったという事だけを覚えている。曲先行だったので、メロディやオケの作り方は割と型にはまっている。何をテーマに詞を書くか、全く考えていなかったので完成してから苦労した。多分、私が実際体験してメモに書き留めてあった一文、『今いる道は 黒雲の下に続いてる』辺りが最初にできたのではないかしら。そしてその後のサビに、当時のニュースを見ていて書いたメモから抜き取った言葉を置いた。ただ『君はやがて疲れ 雲を抱き眠る』という部分は高校の頃書いた断片から持ってきたもの。こんなものを書いた事は完全に忘れていたのだけど、何だか妙に気に入ってこれで曲を作ろうと、メロディまで考えていた。が、結局発展しなかったのでこの曲に使った。サビのコーラスは自分でもかなり気に入っている。メインのメロディとは全く関係ないコーラスを作る、という作業は『天水』『疾走』でもやっているが、この曲が一番成功している感がある。バウンスをしている時に思いついて、『それが正しいのか分からぬまま』の後半部分だけボーカルエフェクトを消した。今作唯一の生声部分。

『争わない国』なんていうものはやはり『在りはしない幻』なのかも知れない、とも思う。それなのにこの人はどこかに向かって進んでいる。それは強い意志を持ってそうしているというよりは、止まる事は許されない、後戻りもできない、という他動的な状況のような気がする。しかしそれでも、進まないよりは増しだろう。何もしないよりは増しなのだろう。

2005.2.22. 3 >『静嵐』

『美しく過ぎる日々』発売以降最初に作った曲がこれ。こういうタイプの曲は非常に安易なやり方でできてしまうので、余り作らないようにしている。調子のいい時はただ気分のおもむくままに音を重ねていけるのだけど、一旦つまずくとどうにもこうにも抜け出せなくなる危険性も持っている。自由度が高い故に、盛り上げ時や終わらせ時を見失ったりもする。アルバムを作り終えて長いブランクがあった後で、よく完成したものだとちょっと不思議にも思う。

当時の日記には『おそらく高校時代に書いたと思われる断片を許に作ろうと目論んでいる』と書いている。出来上がってみると残ったのは『震えてる』というたった四文字のみだ。他は全て必要に応じて書き換えてしまった。過去の自分とのセッションは難しい。音がうるさくなる部分の一節は曲作りと同時進行で書いていたもので、『この世と天を一夜に繋ぐ境目の如き雲の群れ』というのは飛行機の中から見た光景を詞にしたもの。景色を見てただ美しいと思うばかりでなく、そこに色んなものを勝手に加味する癖がある。『倒れてなお枝を延べるあの桜』というのも実際見たもの。根元からぐにゃりと完全に横倒しになっているのに、咲いていたのだ。これまで全くそういう事はして来なかったけれど、この曲に関しては『詩』を意識した。歌詞の見た目にも気を使っていると言っても、或る程度はメロディに連動しているのが常だったが、メロディを全く無視してただ言葉だけを強調できる並び方にした。

『溶けて』の歌い方については作った時から決まっていた。ただ、自分のイメージにボーカリストとしての表現力が追いつかなかったような気もしている。

2005.3.4. 4 >『gardenia』

私が最も好きな花の名前を曲のタイトルにした。gardenia、すなわちくちなしの花。もちろん『朽無』とは書かない。これは今作の幾つかのキーワードのうち『自分』について書いた詞で、2004年5月28日の日記に書いたような事がベースとなってできた。音楽を聴くという事が苦痛だった時期があったのだ。私に限ってはそんな日が来る訳はないと思っていたのに。しかしその苦しみを書いたというよりは、そういう頃もあったなぁ、と振り返って感慨に浸った、という方が正確だ。アルバムの中に三拍子の曲を一つくらい入れようと考えていたので、最初はオケから作っていった。攻撃的、破壊的な要素を求めてギターの音も入れてある。エコーのかけ方には気を使った。エコーというエフェクトが最も生きたのはこの曲ではないかと思う。『B02の後半のオケ』を作っている時に有頂天の『WHY』冒頭のフレーズが突如降りてきてはまった、と当時の日記に書いているが、どうやらその後で間奏に移動させたらしい。二番が始まる直前に少し形を変えて入っている。

静寂とは時にひどくうるさいものである。音の鳴らない部屋に身を置いてその事を知った。静寂ほどやかましいものはない、心が乱れている時は。

2005.3.13. 5 >『安住の地』

二番(と呼ぶべきか)の歌詞が一番最初にできていた。これは私のもう一つの居場所について書いた詞だ。しかしどうも思い切って書く事ができず、歌詞も、歌い方もなかなか固まらなかった。音域的にはそうでもなかったが、意外と苦労させられた曲。今までなかったタイプの作品だからかも知れない。力を抜いて歌う事に必死になっていたのだが、成功しなかった。まだまだだなぁ。いつかは使ってみたいと思っていた『FRANGE』というエフェクトを『殆ど波風は』以降の一節で使っている。面白い効果は出ていると思う。

その場所はとても大事な処だ。ずっと以前にも似たような居心地の場所を持っていたのだが、ある時自分の意志で、跡形もなく叩き壊してしまった。それは私自身に取っても非常に大きな痛手だった。もう二度とあんな場所は作れまいと思っていた。しかしそれから幾許かの時間が経って再び似たような事を始めた時、新たな、沢山の縁を得た。そこに集う人たちと取り留めのない話を続ける事は、リハビリにも似ていた。私は立ち直った。この感謝を歌にしたい、と思っていた。

2005.3.24. 6 >『疾走』

歌詞本の余白に、バウンス及びマスタリングの際の注意点が書いてある。今読んでみると何をすればいいのかさっぱり分からない。これはこの曲に限った事ではなく、今回エフェクト関連はものすごく一発取り要素が強かった。もう同じ事はできないと思う。非常にスリリングだった。

収録曲中、一番最後に完成したのがこれ。当初の日記には『アルバムのバランスを調整する曲になるのかも知れない』と書いていて、作っている間その事を意識していた。2ndの時もこういう事があった(2ndでは『暖かな光』がそれ)。オケは何と六日間で完成させている。ただし、詞の完成はおよそ二十日後。余りないパターンだ。オケを作っている時に、詞のアイデアを全く何も出していなかったためにこうなった。難産だった。この詞のテーマについて説明するのは難しい。私自身にもまだ、判然と掴み切れていないからだ。

その頃、私は『考える事』に非常に多くの労力を費やしていた。毎日考えて、考えて、考えていた。そして考える事に疲れ切っていた。なぜこんなにも考えて、考えて、考えなければいけないのか。気が変になりそうだった。私の中の『考える私』だけが分離して別の一個の存在になったように感じていた。−ここまで書けば何とか補足になるだろうか。つまり『疾走』には『私』しか出てこない。『君』も『私』も『私』なのだ。

一体何をそんなにも考えていたのか、今となってはもう一つも思い出せない。或いは、思い出したくないだけなのかも知れないが。

2005.3.27. 7 >『天音』

アルバムの中でも何だかこの曲は特別だ。当初は『天音』をアルバムタイトルにしようと思っていたくらいだった。詞は、かなり分かりやすい方だと思う。書きたいと思った事を、殆ど何も捻ったりせずにそのまま書いた。『見上げる私の前で』から『幾つもに分かれて』までの一節も、私が実際に見た光景を元にしている。2003年8月の日記にも書いた話だが、真っ暗な部屋で月を眺めていたら、だんだんその輪郭がぼやけて二重にも三重にも見え、そのうちに一つのかけらがゆっくりと落下して、私の視界から消えたのだ。あんな事は初めてだった。月に対して『空に貼りついている』などという粗悪な扱い方をしたのも初めての事だ。いつも月には特別の敬意を払っているが、この時は味気ない感じを出したくて敢えてこういう表現を使った。

歌としてはそれほど難しくもないのだけど、『うまく歌えたかどうか』以上に『きちんと感情を入れられたかどうか』という点において幾度も録音し直した曲。『夜空を斬って飛び回るあの翼|大きな鉄の翼に怯えながら』という一節は、最も力を入れて歌った。故にここだけ録音レベルが跳ね上がってしまい、マスタリングの段階で急遽『Telephone』のEQをかけた。これはこれでよかったと思っている。

『目の前の小さな悲しみ』と『常世の国を包む悲劇』。一体どちらが重いのか、よく考えていた。他人からは『小さな悲しみ』に見えたとしても、それを抱えている当人に取ってはひどく重いものかも知れない。どんなに大きな悲劇が起こっていたとしても、それが遠く遠く離れた国での出来事ならば、それよりも自分の日常に混ざり込んでくる幾多の取るに足らない出来事の方がずっと現実的だし、重要である場合が殆どだ。それでも私は、あの頃本当に毎日、遠く遠く離れた国で続いている悲劇の事を気にかけていた。きっと、どちらが重いのか、ではない。どちらも重いのだ。

2005.4.5. 8 >『simple cheers』

これも詞は非常に分かりやすいと思う。実際に何人かの友人の事を思い浮かべて書いた。そして、自分に対して言い聞かせたい事も盛り込んだ。オケは意図的に軽くしてある。コーラスは考えるまで苦労したが、実際歌うのは楽しかった。『近頃風に吹かれているかい』からの一節のような、前のフレーズを追いかける形のコーラスは初めて入れた。最初はなぜかちょっと照れもあったのだが、これも最終的には楽しく歌えた。

人が本当に苦しんでいる時は、どんなに言葉を尽くしても真になぐさめられるものではないような気がしている。しかし、そうだと思っていてもやはり放っておけない。君の事を考え、案じている者がここにいる。何の助けにもならないかも知れないが、この気持ちが少しでも伝われば。そう思いながら作っていた。

2005.4.18. 9 >『空に溶ける赤』

『天音』と同様、このアルバムの中で特別な位置にいる曲である。当時の日記にも書いたが、その時私は『自分の目の前で、飼い猫が車に轢き殺された話』を聞き、この曲を作り始めた。生の途中で断ち切られる命。やり切れない思いが溢れ返った。『上の方が まるで天国のよう』な雲の狭間は実際に目にした光景。『ああ、ああいう処にきっと天国があるんだろうなぁ』と思ったのを詞にして使った。そしてまた赤い月というのもこの頃初めて見たものだった。それまで月が赤いなんていう事はあり得ないと思っていた。目に入った時の印象は『恐れ』や『気味悪さ』だったが、なぜ赤いのか、を考えた時に『きっと地上で流れた血が天に昇ったのだ』と取りようによってはさらに気味の悪い仮定をした。しかし、その血にはおそらく魂が残っているだろう。天に昇った血は雲を染め太陽を彩り、月に混ざり込むのだろう。形がなくなったとしても、あの赤い色は生きていた時と同じように記憶に残るだろう。

私は飛行機に乗った時、雲の群れを見下ろしながら、これまでに見送った命を思い返す。もしかしたら今あの辺に座って、こっちを見ているのかも知れない、などと空想する。…バカげた事だと一笑に付されるかも知れない。こんな事をさせるような経験は、しない方が幸せなのだろう。しかし、やはり、彼らと一緒に過ごした日々は、この悲しみよりずっとずっと大きくて、大切なものだ。

2005.5.2. 10 >『いつか過ぎる雨』

この曲はとにかく歌うのが大変だった。『天水』といい勝負だった。何がと言って、サビの息継ぎのタイミングが非常に厳しいのだ。『いつか過ぎる雨と 見定めてここで待つ』までまず一息。『今まではその繰り返し』『ようやく私も』で息継ぎ、『歩き始めて』から『いつか過ぎた天と 見渡して思い出す』までが一息。これが実に長い。『天水』の苦しいのはまぁ、勢いだけでも乗り切れる苦しさなのだけど、こちらはそうは行かず、最も丁寧に歌わなければならない箇所なのだ。おまけに私は息を吸った音が録音されるのが余り好きではない。苦心した。ボツテイクの山を築いた。

当時の日記を読むと、最初からアルバムのラストに入れるつもりで作っていたようだ。タイトルの候補が二つあると言っているが、もう一つは確か『天望』だった。これだと『天』シリーズが三つになるのでそれもいいなぁと思っていたのだが、やはりこのタイトルにして正解だったような気がする。これも今作のキーワードの一つである『自分』が非常によく出ている詞だ。実際にあった事、実際に思った事、しか書いていない。相応の時間が経ったらこの曲を振り返って、こんな事を考えていた頃もあったなぁと苦笑できるようになりたい。そう思いながら作っていた。

『騒音に沈む針』の全曲解説もこれでとうとう最終回。長々とおつきあい下さった皆様、ありがとうございました。

T O P

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