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全曲解説 |
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2003.6.6. 1 >『燃えるような空』 さて始まりました全曲解説第一回。まずは『燃えるような空』。新曲としては『天弓橋』以来11か月振りの曲。11か月って。その間何してたんだろうと思ったが、おそらく1stのレコーディングに費やしたのだろう。 これは曲先行で、詞を後から書いた作品。曲としては今回一番手が込んでいると思う。トラックは全部で16。ドラムに2、コーラスのガイドに1使っている。琴の音色をためらわず使うようになったのはここからかな? 1stを作り終えて色々と意欲も出て、敢えて音を汚すような事も多分この曲から始めたのだと思う。サビのベースの一箇所で、偶然マージ(選択した音と全く同じものを重ねる機能。師匠が使う『バカコーラス』のようなもの…だろうか)が間違ったかかり方をしたのが面白くてそのまま残してある。間違った使い方が意外にも面白い効果を生み出す事がある、これは師匠から学んだ事だ。 詞が完成したのが2002年5月14日。その少し前に札幌で見てきたものが動機となっている。が、『燃えるような空』『静寂に満ちて連なる山』『雲原』といった言葉はそれとは無関係に、私の目に焼きついた自然の一瞬なのだろう。『優しく閃いた〜』のフレーズは元々一行だったものを、歌入れに入ってから声の高さに合わせて二行に変えた。それに更に下→上→下→上とコーラスを入れているが、これは歌入れ終了直前に考えたもの。一見すると上と下のフレーズで固定しているように聴こえるかも知れないけれど、実は入れ代わっているのだ。私はおおむね、こういう無駄な努力をしがちである。 それにしても『幾日』はなぜ『いくひ』と読まないのだろうと繰り返し思った事であった。 |
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2003.6.16. 2 >『mind medicine』 今作の新曲としては三番目にできたもの。でもファイルの作成日は2001年8月9日。その時にイントロとメロディと少しのオケだけ作って、ずーっと足しもせず消しもせず放っておいた曲だ。完成させられる予感がした時、最初に歌詞を全部書き、それから音を固めていった。同じメロディだけで終わるのも、詞が四番まであるのも、カタカナが入っているのも、私の作品としては非常に珍しい。一番から四番までは全て別の物語で、それぞれ元にしたものがある。合わせてオケも微妙に変えている。カタカナを入れたはいいものの、歌うのは最後まで恥ずかしかったので、エフェクトをあのようにした。VF80でなければできなかった事だ。トラックは15。とてもそうは聴こえないかも知れないが、ディストーションギターの音とか使っている。 この二つの言葉、『イエロージャック』と『クリムゾンジャック』は一応造語なのだけど、一体何なのか実は私にも分かっていない。『イエロー』『クリムゾン』『ジャック』という言葉を選んだ動機はあるものの、それをここに書く勇気はない。ただ、意味もなく、出てきてしまったから使った、と言う他ない。思いつきを詞として採用するのも、滅多にない事だ。 |
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2003.6.24. 3 >『残照』 ほぼ例外なくパソコンの前で、音を聴きながら詞を考えるのだけど、この時は体調を崩していてベッドの中で紙に言葉を書きつけていった事を覚えている。完成したのは1996年8月8日。今作の中で唯一古い楽曲なのがこの作品。1stの時から収録候補にはあったものだ。選ばなかったのは、単にうまく歌える気がしなかったから。 短大時代、私は私の音楽に付き合ってくれた二人目のボーカリストと録音をしていた。私の波乱万丈なバンド人生に於いて唯一充実した、そして平穏な時期だった。彼女は本当に歌がうまかったし、私が一旦完成した作品を人に渡して、別な詞を書いてもらう試みをしたのもこの時だけだった。あれからもう何年もの時間が経って、その頃録音したテイクは残っていないはずだけれど、不思議と今も鮮やかに彼女が歌う『残照』を思い返す事ができる。歌入れの時、いつも彼女の『残照』が念頭にあった。そうなるだろうと思っていた通り、私の記憶の中の歌を、今作に収録した『残照』は超えてはいない。それは或る意味当然だ。技術に差がありすぎた。しかし、完成から7年近くもの時間が経ってようやく世に出たこの歌に、満足していない訳ではない。これはこれで私なりの『残照』になった、そういう気がする。 |
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2003.6.30. 4 >『capella』 連休を利用して、三日間で作り上げた曲。完成は2002年9月13日。元々は3トラックで、そのうちの二つをメロディをなぞる音として使っていたが、結局外してピアノのみのオケになった。アカペラみたいな曲になるかなぁというバカバカしい思いつきで、確か最初からこのタイトルだったはず。お聴き頂いた方にはおそらくバレている通り、歌入れに一番苦労したのがこれ。収録できる確信がなかなか持てなかった反面、どうしても収録しなければ、という思いが一番強かったのもこの作品のような気がする。高音もつらかったが、オケとテンポを合わせるのが結構難しかった。ヘッドホンでガイドを聴きながら歌うという事も、VF80ならもしかしたらやればできたのかも知れないけれど、自分の曲に屈するような気がして嫌で、試そうともしなかった。私はおおむね、こういう無駄な意地を張りがちである。 曲が出来上がってさて詞を書こうという段になり、どんな詞をつけたらいいか考えていた時、この9月で平沢音楽に出会って丁度10年になる事に気がついた。それからはすらすらと言葉が出た。師匠に対する想い以外の事は書いていないと言ってもいい。余りその一点に集中し過ぎるかと思って、『数多光で救うもの』とかなり長い事平仮名にしていたが、最終的には漢字に変えた。 カペラは馭者座の星の一つであり、『星の長(おさ)』と呼ばれていたという。これは詞を書いてから知ったのだけど、長という言葉も師匠のイメージにぴったりだ。 |
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2003.7.10. 5 >『月光翊』 トラックは14、完成は2002年11月15日。音色選びもフレーズ作りも、いつも一番厄介に感じるベースラインも、この曲ではかなり満足している。イントロはマスタリングの際までフェイドインではなかったが、前の曲との兼ね合いからこうする事にした。 前月東京に、一日に二本という強行スケジュールで初めて演劇の舞台というものを見に行った。これはその二本目の舞台を見た感動が許となって生まれた作品。曲先行だったが、うまい具合にイメージは重なったと思う。『悠々と飛ぶ』と言っても、月に向かって…とは限らない。弧は上へも向かうが、下へも向かう。『幾度』の使い方に気がついた時はちょっとにやにやした。『現世』は長い事『今』と普通に書いていたが、この一節の持つ意味をもう少しだけ判然と伝えたく思い、このように変えた。これは例えば『白い花』や『窓辺の椅子』とは、全く違った意図を持つ詞である。 |
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2003.7.17. 6 >『過去から照らす星』 完成は2003年2月24日。前月に東京で見てきたものが動機となってできた曲。詞の始めの二行を最初に書き、『サビから始まる曲』という条件をつけた上で作り始めた。完全に詞先行で、オケをそれに合わせたため、音楽的なパターンは全くない。注意して聴くと、サビ以外に同じフレーズが出て来ないのがお分かり頂けると思う。トラックは15で、同系統だが微妙に違う音色を重ねて使っている。完成直後の日記(2003年2月28日)では、自分で書いた詞の内容を自分で不思議がっているが、これは私に起こった事を書いたものではないから当然だ。ただ、或る時期を共に過ごした人と一旦離れてふと再会した時、互いの環境の変わってしまった事をしみじみと思い知らされる事がある。そういう経験を、思い出したのだった。 月はとても眩しいものである事を、あなたは知っているだろうか。闇のない世界を望む人もいるだろう。しかし私は、闇の中でも明かりを探そうとするだろう。多分、そうすると思うのだ。 |
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2003.7.31. 7 >『fact and crime』 作曲当時の日記では、まず詞の断片があり、ドラムの形を決めて、オケ作りに入った事になっている。ドラムからというのはDTMを始めた頃最も多いパターンだった。今はもう殆どない。こういった本当に打ち込みらしい曲というのも、滅多にできなくなってしまった。完成は2003年2月8日。トラックは16、うちドラムが2。琴、三味線、尺八の音も使っている。デモにはなかった冒頭の声はMacに元からついている、テキストを読む機能を使ったもの。Macにマイクを向け、息を殺して録音した。実は詞の一節の、同一部分を読ませている。言葉も長さもあんなに違っている理由は私には分からない。マスタリング前はもっとぐにゃぐにゃにエフェクトがかかっていたが、そのままではマスタリングできない事が判明し、急遽あのような形になった。 春夏秋冬全てが一曲に収まったのはおそらく初めてだと思う。特に『夏』という言葉は、もしかしたら初めて使ったかも知れない。全く夏らしく使われていないが、前年の夏が殆ど日の光を見ない冷夏だったのだ。一番最初にあった詞の断片とはサビの一節。よくある事なのだが、バイト中に思いついたもの。別に蓬(よもぎ)の事を考えていた訳でも何でもないのに、突然思考が『よもぎ…世もぎ…』と逸れていった。世をもぐほどの風とは一体どんなものであろうか。『世も義』は最初からあったが、『可是』は始め『風』と普通に書いていた。が、可も是も切るような世の中だなぁとふと思ったのだろう。『四方』という言葉がある事は知っていたので、サビ2はすんなりとああなった。この詞は友人に見せてもらった或る演劇に衝撃と感銘を受けた事が動機となってできているが、その作品が私の胸に堪えたのはどこか重なるような経験が過去にあるからだ。そして『草枕』を引用したようなしないような一行がぴったり入った。ただ、この歌に生きる人がそう思っているのでない事は、その後の三行に表われているはずである。 『悔い改まる』という言い方は余り聞かない気がする。普通は『悔い改める』と言うのだろうけれど、例えそうした後でも悔恨の記憶というのは折々改まって私を悩ませる事が多い。恥を知り、己の言動を悔いて、次こそはうまくやらなければと思いながらまた失敗し…そんな風にして生きていく人生なのか、と、ふと思ったのだろう。 |
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2003.8.5. 8 >『暖かな光』 完成は2003年3月26日。今作の中では一番最後にできた作品だが、ファイルの作成は前年の9月17日。Bメロまで作って放り出していたのを、曲数調整のために慌てて作ったものだったりする。そのせいか、ものすごく私らしい曲になっていると思う。自画自讃ではなく、私がよく使うパターン(癖と言ってもいい)が非常に多く盛り込まれているのだ。間奏だけはちょっと面白い。それぞれのフレーズが他と関わっていないにも拘らず、それほど違和感なく聴こえる。曲先だったので、詞には随分苦労した。書きたい事が決まっていない状態で作り始めたため、音から言葉を聴き取る作業から入った。メロディを繰り返し繰り返して聴く。すると言葉が聴こえる事がある。それがすなわちそのメロディに最も合う言葉なのだ。 この曲を作り出した頃に師匠の夢を見た(2003年3月7日の日記参照)。それが詞の内容を決める事になった。つまり詞的には『capella』と近い関係にある。完成前の日記には『どんどんラブソングみたいになってくる』と書いているが、今読んでもそう思う。ただ『不思議な暖かさで 私を満たす人』という一行だけは、師匠への思いではない。これはもっと最近に感じたこと。 |
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2003.8.12. 9 >『窓辺の椅子』 トラックは15、コーラスのガイドに1使っているから実質14。オルガン系、笛系、ベル系の音に多くトラックを割いている。できるだけシンプルなオケになるように作った。一番と三番の歌詞が同じだが、これは私の作品では非常に珍しい事である。普段は安易な気がしてやらないのだけど、この詞に関して、余計なものもいらないし、これ以上のものもない、と確信していたのでこうなった。完成は2003年1月20日。だが詞は前年12月15日の時点で固まっている。この作品の動機については2002年11月22日の日記に詳しく書いた。一番、三番はこの時に書いたもの。二番だけは後からできた部分で、友人の親切で見る事のできた或る芸術作品の印象的なラストシーンと、その作品を作った一人であるアーティストのサイト上の日記に書かれていた、降る雪に色がついていたら、虹が降ってきたと思うだろう−という意味の言葉に感動してできたもの。これは今作に収録した他の幾つかの詞のように、見たものが衝動となったというよりは、自分のうちに溜めていた感動が需要に合ったパターンだ。 夢の中で彼が座った窓辺の椅子は、まだこの家の中にある。それは同時に、最期の日、彼が柔らかなタオルに包まれ、そっと置かれていた椅子でもある。早足に帰ってきてドアを開け、その光景を一目見た時、『ああ、やはりダメだったか』と思った瞬間の事を、今も鮮やかに覚えている。 |
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2003.8.29. 10 >『明日散る桜』 さて、長かったこの全曲解説もようやく最終回です。読んで下さった方、ありがとう。 完成は2002年6月24日、『燃えるような空』の次に出来た曲。当時の日記を読むと、『アルバムのラストに据えられるような曲』だと作り始めた頃から言っている。『明日散る桜』という言葉が一番最初にあり、それはこの年の桜を初めて見た日に浮かんだものだと記憶している。冒頭の音は桜の花びらが散る処をイメージして作った。これも詞先行だったのか、サビに行くまでにメロディが三つもある。しかしオケは別として、メロディ作りにはそれほど苦労しなかった。 一番は具体的な出来事とそれを起こした人の事を考えて書いた。はっきりした背景があっても、歌の向く方向がそれだけに限定される事は殆どない。誰か一人だけに言いたいのなら歌にする必要はないのだから、範囲が狭まる事のないよう心掛けているつもり。だが、二番はまさに『私のため』に書いた。こんな事は今まであっただろうか。思い出せない。あったかも知れないが、思い出せないほど昔の話だ。 才能が枯れる時が来る、その可能性に初めて思いを馳せたのはいつの事であったろうか。枯れるかも知れないし枯れないかも知れない。花開くかも知れないし、一生を光を浴びる事なく終えるのかも知れない。そんな不確かで覚束ないものだが、才能そのものがないとは思いたくないのだ。咲いてすぐ散る桜のようなものであったとしても、私の歌が誰かの心に響く事があるのなら、皆が忘れた頃にまた咲くような花でありたい。そんな事を、この詞を書く時に考えていた。自分にはすぐに枯れる事のない才能があると必死に信じて。 |
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